海を越える日本文学 | 新書野郎

海を越える日本文学

海を越える日本文学 (ちくまプリマー新書)海を越える日本文学 (ちくまプリマー新書)
張 競

筑摩書房 2010-12-08
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今や新華僑から芥川賞が出るくらいだから、全国紙の書評家ぐらいでは驚くほどのこともないのかもしれないが、比較文学の世界では一番名の通った在日中国人学者が著者。今回は初の新書にてプリマーだが、日本語が母語という自分の娘を念頭に書いたものかもしれない。このテーマでまず思い浮かぶというか、他者を圧倒しているのが村上春樹であるが、村上春樹の華文世界での需要とその他世界の違いについてはたっぷりとある。藤井省二の時計廻りの原則につていも触れられているが、80年代後半に既に中国で「ノルウェイの森」の翻訳が出ていながら、2000年代に入ってから大ヒットしたというのは単に時計廻りの原則だけではなかったという指摘。この小説の舞台となった60年代日本人学生の生活が、既にちょっと前の中国人学生生活の懐旧を引き起こすものになったという点は重要。ただ、性に関してはようやく時代が「ノルウェイの森」に追いついたところで、そのギャップが中国人にとっては面白い様だ。もっとも60年代に実際にあの様な性生活を謳歌した日本の学生がどのくらいいたかというと、それは分からんところだし、文革中にセックス三昧だった紅衛兵崩れの中国人は少なからずいただろう。中国のみならず、韓国や米国や欧州の事例にも踏み込んでいて、この紙幅でこれだけの内容量はスゴイ。蛇足を削って、言いたいことだけ伝えることが名文であるということを著者は理解しているのだろう。
★★★